海辺のふかふか

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人に迷惑をかけても気にしない方が幸せか(ちょっとだけ)本気出して考えてみた

人に迷惑をかけてもケロッとしてる人っていますよね。しかも迷惑をかけられた側もそんなに気にしていなかったりして、傍から見てひやひやしていただけの自分が馬鹿みたいに思えたりして。

そんなとき、人に迷惑をかけても気にしない方がいいのか、気にしない人の方が幸せかと考えたりします。

 

「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

これは在原業平の短歌で、意味合いとしては「もしも桜が無かったら、桜が見られるかどうかで一喜一憂せずに、穏やかな心で春を過ごせるだろうに」というようなものだったと記憶しています(詳しくないので、正確ではないかもしれませんが)。桜のない世界を仮定することで、その存在の大きさを歌うという発想が面白くて好きな歌です。

 

この歌から気付かされるのが「桜を見られて喜ぶ心」は「桜が見られなかったら悲しむ心」だということです。桜という存在がその人にとって大きいからこそ、一喜一憂させられる。当たり前のことかな。

人に迷惑をかけても気にしない方が幸せか、という問いに話にこれを当てはめれば、「人に迷惑をかけても気にしない心」は「人の役に立っても気にかけない心」で、「人に迷惑をかけたくないと強く思う心」は「人の役に立ったら大きな喜びを感じる心」だと言えるかもしれません。

だから、人に迷惑をかけても気にしない方が幸せかというと「どっちでもいい」がとりあえずの答えです。

人に迷惑をかけても気にならない人は苦しみの少ない人生を、人に迷惑をかけたくないと強く思う人は喜びの多い人生を、それぞれ作る素質があって、どちらがより幸せということもないのではないかなと思いました。